宮本さんのインタビュー目当てで買った「MUSICA」に載っていた電気グルーヴのアルバム・インタビューを読んで考えました。電気グルーヴの曲は、エレカシの浮雲男のカバー(これはなかなか良い。なにしろ声が宮本さんだし)と、最近のシングルしか聞いたことがないが、そんなに嫌いではなさそう。
電気グルーヴというのは、皆さんご存知かもしれませんが、石野卓球さんとピエール瀧さん(私のハンドルとは関係ありません)が中心のテクノ・バンドです
(というようなことがWikipediaに書かれていました。私はよく知らないのです(3/25追記))。最近8年ぶりに復活してアルバムを出しました。で、このインタビューを見ると、どうもピエール瀧さんはあまり作業にかかわっていないようで
(私は電気グルーヴの作業のしかたなどまったく知りませんので、これは単なる誤解かもしれません(3/25追記))、こんなことが書かれていました。
よく知らない人が見たら、スタジオに瀧がいても、結局俺が作業してたらソロと変わらないじゃないかっていう見方もあるんだけど、実はそれは全然違ってて。それこそスタジオの壁を隔てたロビーに瀧がいることによって、こっちのモードは明らかに変わってくるから。それを具体的に言うのは難しいけど。ある種のチャンネルを固定する何かにはなってるから(笑)。(Musica 2008.4 p.88)
これを読んで、宮本さんが石君について言ったことを思い出していました。good morning の頃のファンクラブの会報(バックナンバーで手に入れた)だったと思いますが、宮本さんにとって石くんとはどんな存在かという問いに、宮本さんは、正確には覚えていないのですが、「一種の楽器のようなもの」と答えていたと思います。石くんがいると、外界の生活にかかわる部分がシャットアウトされて、音楽のモードになるのだということでした。そして、それは石くんじゃなくてはならないのだと。
宮本さんは、今も、石くんと一緒に作曲しているそうです。いくら宮本さんが作曲していても、それはソロ・ワークではなくて、石くんとの共同作業なのでしょう。そして、ほかのメンバーも、そういう形ではなくても、存在として多大な影響を宮本さんに与えているのでしょう。演奏という部分だけではなくて、バンドの存在自体が、宮本さんの音楽を作っているのでしょう。Musicaの宮本さんのインタビューを読んでも、そう思いました。