宮本さんの中学生時代のアイドルだったという松田聖子の初期の映像をいくつか前の記事に載せたが、その後、私はその映像をひとりで何度も何度も見てしまった。松田聖子がかわいかったからである。
私の子供の頃の印象では松田聖子といえば「ぶりっ子」と言われており、そういう要素は今の松田聖子にも残っている(堂々と「ぶりっ子」をやるという形で)が、その「ぶりっ子」的なところがでてきたのは、映像を見る限り、どうやら4曲目の「チェリーブラッサム」の頃からだ。映像を見る限り、初期の松田聖子は、季刊誌のように4月、7月、10月、1月に新曲を歌っているらしいのだが、4月にデビューしたときはアイメークもほとんどせずに清純そのもの、7月の「青い珊瑚礁」で大ブレークして(だと思う。小学生の私はこの曲のあたりで松田聖子のインタビューを何かの雑誌で読んだ)、10月の曲までは、本当にかわいらしい。「青い珊瑚礁」のときの映像は目が笑っていないが、でも、「ぶりっ子」的なものがない。1月の「チェリーブラッサム」で少々「ぶりっ子」的になってくる。それまでは一生懸命で自然な印象だったのが、カメラを意識し、アイドルの立場に慣れてきたのか。
宮本さんが挙げている「赤いスイートピー」の頃までは「ぶりっ子」といえどもやっぱりかわいいが、本当に輝いていたのは3曲目まで、デビューして半年ぐらいまでだと思う。その頃の松田聖子のコンサートが今あったら、私も行ってみたいと思う。
これは、1980年の4月から10月の頃だから、宮本さんは中学校2年生だった。松田聖子が「中学生のころのおれのアイドルでした」というのを読んだときには、まあ、ちょっと、普通の男の子だったんだなというか、えーっと思ったが、映像を見て、その頃の宮本さんの趣味は、そんなに悪くなかったと思った。結局、宮本さんの女性の趣味の話に落ち着いたか。